セサミ色々日記

雑談に変更

ブログ引越し④:スラムドッグ$ミリオネア = ぼくと1ルピーの神様

ブログ引越し第4弾です。

『ぼくと1ルピーの神様』という小説についてのブログなのですが、この小説について知っているひとはほとんどいないかもしれません。しかし、この小説は映画化されていて、こちらのタイトルならば、聞いたことあるかもしれません。

スラムドッグ$ミリオネア』という2008年のイギリス映画です。第81回アカデミー賞では作品賞を含む8部門を受賞した名作です。コロナで家で暇している人は、これすっごく面白いので、是非、観てみてください。

 

2011年6月6日:ぼくと1ルピーの神様 その1:中学名簿で苗字書換

 4年ほど前に、NHKスペシャル「インドの衝撃:第1回:わき上がる頭脳パワー」という番組を観ました。インドのIT企業や、MIT(マサチューセッツ工科大学)よりも難関と言われることもあるIIT(インド工科大学)や、IITを目指す若者達が通う予備校などが紹介されていました。  ラマヌジャン数学アカデミーというその予備校は、当時で30人近い生徒をIITへ合格させていたのですが、建物には壁もなく、コンクリートの床とトタン屋根だけでできていました。番組のラストでは、屋根で覆われていない席に座っている生徒が、雨が降る中、左手に傘を持ちながら、ものすごい集中力で授業を聞きノートを書いている姿が映し出されました。その生徒の真剣な眼差しがとても印象的で、今でもくっきりと覚えています。

 ところで、インドでは、1950年に制定されたインド憲法によりカースト制度は全面的に禁止されましたが、実生活ではいまだに、あらゆる場面において、透明な糸のように張り巡らされているように感じられます。カースト制度というと、バラモン、クシャトリア、ヴァイシャ、シュードラ、不可触民という分類がよく知られていますが、数千もの職業集団による『ジャーティー』という分類もあったり、また名字でも上下関係が分かったりするようです。

 町の小さな食堂を営む家系に生まれた私の知合いは、中学入学時に学校の名簿に記載された自分の名字を書き換えることに成功し、新たな名字を手に入れたそうです(※ちなみにインドには戸籍がないそうです)。

 そんなのってありなの?!と私が何度もしつこく問い詰めると、彼は自分と父親と弟のパスポートを持ってきて見せてくれました。確かに彼の名字だけ異なっていました(※ちなみに彼は養子でもないし、婿取婚でもありません)。  名字というカーストから抜け出すという幸運を手に入れた彼は、その後、自らの努力と度胸と機知としたたかさとその他諸々を駆使し、様々な事業をトライし、自動車部品の輸出入でちょっと成功して、息子さんをアメリカの大学に通わせ、インドの高級住宅地に2件もの家を持つことができました。煮ても焼いても食えない程の彼のバイタリティは、感動ものです。

 職業カーストから抜け出す方法もあります。これまでに存在したことのない新しい職業に就けばいいのです。新しく誕生した職業の一つとして、IT関連の職業が挙げられます。しかし、それなりの収入を得ることのできる職に就けるのは、並外れた能力と勉強の環境を得ることのできた、ごく一部の人に限られてしまうと思うのです。

 

2011年6月14日:ぼくと1ルピーの神様 その2:命がけのバク転・側転

 2009年のアカデミー賞で、作品賞を含む8部門の賞を受賞した『スラムドッグ$ミリオネア』の原作である『ぼくと1ルピーの神様』という本を、先週読み終えました。

 インドのムンバイのスラムで生まれ育った無学の青年が、『クイズ・ミリオネア』(みのもんた氏が司会をやってたクイズ番組のインド版)に出演し、それまで培ってきた人生経験をもとに、クイズに全問正解してしまいます。

 日本の格差社会なんて鼻息で吹き飛ばしてしまうくらいの、超格差社会インドの底辺で育った青年の、18年間の人生が描かれていました。映画も面白かったけれど、小説の方がよりリアルで面白く、ぐいぐい読んでしまいました。終わり方はちょっと理想的っぽいかもしれないけど、そこは、エンターテイメントとして受け取ればいいのかな、って思います。

 訳者のあとがきに、小説のきっかけについて、このように書かれていました。

 「この物語を生みだすきっかけになったのは、一九九九年にニューデリーで行われた、貧困地域にインターネットを広めるプロジェクトだったということです。このプロジェクトで、学校に通ったことも新聞を読んだこともないスラムの子どもたちが、たった一ヵ月で自由にインターネットを使いこなせるようになったのです。教養のあるなしに関係なく、人は誰でも新しいことを学びとる力を持っている、それを強く感じた作者は、クイズを勝ち抜く知識を人生から学びとったストリートチルドレンを主人公にすることを思いついたそうです。」 

 ニューデリーの中心部にコンノート・プレイスという繁華街があります。その入り口付近の、とある信号の横の歩道には、いつも6~10歳位の子供たちが数人待機していてました。信号が変わり、渋滞の車の流れがストップすると、子供たちはすかさず車道に駆け出し、車と車の間のわずかなスペースでバク転や側転を披露し(※女の子はスカート姿で!)、運転手にお金をせびり、そうこうしているうちに信号が変わって車が動き出すと、走っている車の隙間をぬってまた歩道に戻り、薬漬けでうつろな眼をしてどてっと座り込んでいる母親の横にいる赤ん坊をあやしたり、歩道でそのまま大きな用を足して道端に転がっているコンビニ袋でさっとお尻を拭いたり、観光客にお金をせびったりし、そうこうしているうちにまた信号が変わると再び車道に飛び出し、バク転や側転をやり、運転手にもっとやれと言われて側転をしまくっているうちに信号が変わって車が動き出し、きわどいタイミングで轢かれるのを避けてなんとか歩道に戻り、といったことを繰り返し、体を張っていや命を張ってお金を稼がされていました。

 ある時、私は一人の子に持っていた飴をあげたら、他の子供たちに、「チョコレート、チョコレート、チョコレート」と叫ばれながら(※いやチョコレートじゃなくてキャンディーなんですけど)取り囲まれてしまい、私の持ち物全てをくれくれとせがまれ、5分位その場を一歩も動けなくなってしまい、しまいには「もうあげる物なんてないから、歩かせて~! 通らせて~! どいてどいて~!!!」と日本語で大声で叫ぶはめになってしまいました。

 飴をあげる直前までは、彼らの身の上や将来を案じていたのですが、あまりの元気さを前に、もう訳が分からなくなってしまいました。

 インド的なものに触れると、その混沌から湧き出るエネルギーに圧倒され、私のちっぽけなつまらない常識を吹き飛ばしてもらえるんです。

☆ヴィカス・スワラップ著、子安亜弥訳『ぼくと1ルピーの神様』ランダムハウス講談社、2009☆